Shoko Masunaga 益永梢子

本を机の上に置いて、ざっと並べる。

そこには有機的な線と無機的な線があるような気がする。

目の前にみえるものを地図のように見晴らすと、色が高さや低さを持ってこちらへせり出してくるように感じる。

その感触を抽出する為に絵画を用いていたが、

ある時、色を塗った紙を切り取って貼付けていると、色が掴み取れるかのような空間性を感じた。

描かれたものは、絵画独自の抵抗として現れるので、

もし、私が「絵を描く」というなら、その抵抗をも問わなければならないだろう。

私の「絵画の制作」はこうして始まった。

 

やがて、私の制作する絵画は間違うことも壊れることも必要とした。

絵画を拡張しようとしていたが、現前したのは、どこにも属することのない作品だった。

絵画でも彫刻でもなく建築でもなく、絵画でも彫刻でもあり建築とも関わりあるもの。

それらは切断と接続を繰り返し、どこかで繋がることを信じている。

終わりなく、常に始まり続ける途方もない道のりのように。

 

 

I see things like a map: the relationship between the color of objects in relation to each other affects the depth of which I perceive them; when I see books lined up on the desk, I see organic and inorganic lines among them.

When I began creating art, I tried to instill what I perceive into my work. I painted on paper and then began to cut the paper. I was overwhelmed to discover that by physically holding the pieces of paper I painted, I was better able to capture the sensation and experience of how I perceive color and line. By going beyond the simple use of paint on a frame piece of canvas alone, I am able to impart a more accurate depiction of what I see.

This lead me to consider, what is a painting? How do other aspects of creating work with paint transgress this definition? This has become the fundamental idea I am doubt with.